インフルエンザが絶対湿度の低い時期に流行するように、一部の感染症の流行のしやすさ(ウイルスの活性)と湿度には関連があることが知られています。ただし、ここでの湿度とは、一般的な%単位の相対湿度ではなく、グラム単位の絶対湿度です。
新型コロナウイルスに関しても、絶対湿度との関係が気になっていたのですが、「相対湿度は無関係」という報告は見かけたものの、絶対湿度に着目した時系列データの分析はなかなか見つかりません。そこで、素人ながら、東京都の陽性者数データと気象データを用いて絶対湿度とCVID-19の感染状況の関係について少し調べてみました。
その結果、最低気温差と同様、感染拡大のタイミングと関連があるように見えるデータが得られました。少なくとも、相対湿度よりは関係が深いように思われるので、今後、専門の方が湿度に着目する際は絶対湿度のことも考慮していただければ幸いです。
気象とコロナ流行との関連性について
絶対湿度に着目した時系列データの分析が見つからないと書きましたが、気象とコロナ流行に大きな関連が見られるという注目すべき分析は、藤原かずえ氏のブログ記事で紹介されています(第4波に関する分析記事もあります)。
この詳細な分析により得られた経験則を以下に引用させていただきます。
(1) 季節に関わりなく前週との気温差が低下すると発症ベースの実効再生産数が増加する
(2) 逆に前週との気温差が増加すると発症ベースの実効再生産数が低下する
(3) 報告ベースの実効再生産数は気温の低下後から20日程度のラグを伴って増加する
ここでは多変量自己回帰モデルによる回帰分析も行っており、回帰の変数としては「気圧差と最低湿度による回帰が最尤である」という興味深い結果も出ています(数学が得意でない私には深く理解できませんが)。
この分析を見て私が気になったのは、最低気温が前週より低下すると、なぜ実効再生産数(1人の感染者が平均で何人に感染させるかを示す指標)が上がるのか、です。
急激な気温低下によって自律神経が乱れ免疫力が低下するという解釈は納得できるものです。風邪ウイルスは人体で共生することが知られており、無症状で腸管に生息していたコロナウイルスが、免疫力が低下したタイミングで発症に至るという可能性は十分に考えられます。
一方、気温と湿度の関係に注目すると、別の関係も推察できます。最低気温が下がるということは、飽和水蒸気量も下がります。このとき、空気が保持できない水分は結露となって大地に降り注ぎ、空気中の絶対湿度は低下します。すなわち、最低気温が下がるタイミングと、絶対湿度が下がるタイミングは似ています。
これにより、ウイルス粒子が移動しやすくなって感染が拡大しやすくなる、という可能性も考えられるのではないでしょうか。
新型コロナウイルスは十分な飛沫感染対策が施されていても感染拡大することがあり、エアロゾル感染が起きていることはWHOにも認められています。
参考)新型コロナ空気感染の可能性、WHOが認める(Forbes誌記事)
東京都の絶対湿度と実効再生産数との関連を調べてみた結果
東京都の絶対湿度(7日移動平均)と、簡易計算の実効再生産数を比較した結果は次のようになりました。
なお、感染報告までのタイムラグを考慮し、絶対湿度の値は20日後にプロットしています。
パッと見た感じ、絶対湿度が下がるタイミングで実効再生産数が上がっている箇所がいくつか目に付きます。
山がわかりやすくなるように、絶対湿度の縦軸を反転させると次のようになります(上ほど乾燥)。
この図から私が読み取ったことは以下のとおりです。
絶対湿度の大小と実効再生産数に直接の相関はない
コロナウイルスは高湿度では短時間で不活性化するという情報を見つけましたが、絶対湿度の高い時期にも低い時期にも実効再生産数が高まることがあり、単純な相関関係は見られません。
散布図を作成してみても次のようになり、単純な相関は見られません。
もっとも、絶対湿度の大きい時期は空調の効いた空間で生活する人が多いので、「高湿度なら感染しにくい」というのが誤りとは言えません。実際、7月頃(あまりエアコンを使用しない時期)は陽性者数が少なく、実効再生産数が高く見えても陽性者数自体は多くありませんでした。
絶対湿度が下がるタイミングで実効再生産数が上がるケースが多い
一方、絶対湿度が低下するタイミングと実効再生産数が上昇するタイミングには、かなりの一致が見られます。また、絶対湿度が上がるときに実効再生産数が下がるケースも多く観察されます。これは、春から梅雨にかけて感染が少なくなっていった実感と重なります。
しかし例外もあり、グラフの10月(実際には9月上旬)からは絶対湿度が大きく下がり続けているにもかかわらず、実効再生産数は増減を繰り返し、感染爆発には至っていません。この時期は自粛ムードが弱く、GoToトラベルなども活発に利用されていた時期だったと思いますが、気候が丁度良いので自然免疫(粘膜の防御機能など)が感染を防いでいたのかもしれません。
また、正月あたりでは最初に乾燥したタイミングで実効再生産数が大きく上がっていますが、その後は一気に低下しています。どの感染症もピーク後は自然に減るものですが、年末年始は検査件数や人流の変化、自粛などいろいろな要因があり、この解釈は困難です。ちなみに実効再生産数のピークは1月7日と、緊急事態宣言が始まる直前です。
最低気温と絶対湿度の前週差が大きいタイミングはほぼ同じ
藤原氏は最低気温が前週より2度以上低下したタイミングに注目しましたが、このタイミングは絶対湿度が前週より2g/㎥以上低下したタイミングとほぼ重なります。
下図は、最低気温の前週差と感染状況を比較したグラフです。
そして下図が、絶対湿度の前週差と感染状況を比較したグラフです。
微妙な違いはありますが、非常に似ており、気温差と絶対湿度のどちらがより関係が深いかは微妙なところです。気温差による自律神経の乱れと、絶対湿度低下に伴うエアロゾル感染増というのは全く異なる現象ですが、どちらなのか、それとも両方なのかを確認する方法は私にはわかりません。
備考:数値や計算の詳細
細かい数値や計算法の詳細は以下のとおりです。
実効再生産数について
実効再生産数は、東京都の報告ベースの新規陽性者数のデータから簡易的に算出しました。
まず陽性者数について中央7日移動平均を計算し、次式により計算しています。
(平均新規陽性者数 / その7日前の平均新規陽性者数)^ (5/7)
参考)http://bosailiteracy.org/2020/05/24/excel-through-corona-6/
タイムラグについて
絶対湿度の変化が発生したときに実効再生産数に変化が生じたとしても、感染・発症して検査が確定し報告されるまでにタイムラグが発生することから、簡易的に、絶対湿度のデータは20日前のデータが対応するものと見なしました(藤原氏のlagを参考とし、20日後にプロットしました)。
絶対湿度のデータについて
絶対湿度の時系列データは見当たりません。また、日平均気温と日平均相対湿度から絶対湿度を計算することは適切ではありません。そこで、気象庁のホームページから1時間ごとの気温と相対湿度のデータを入手し、こちらを参考に次式により容積絶対湿度(g/m3)を算出しました。
217*(6.1078*10^(7.5*t/(t+237.3)))/(t+273.15)*RH/100
t: 温度(℃)
RH: 相対湿度(%)
この24時間のデータの平均値をその日の絶対湿度値とし、グラフ化の際はさらに中央7日移動平均値を採用しました。